もう10年以上前、僕が20歳の頃。
当時、僕は栃木の山奥にある温泉宿でアルバイトをしていました。
良質な温泉に、豊かな自然。
日々気持ちよく働き、その環境を全力で楽しんでおりました。
そんなある日、方言がきついおばあさんが僕の前に現れることとなります。
何を言っているのか、わからない。
そしてそのとき、おばあさんも僕も、全裸。
栃木の山奥の温泉宿でのバイト
当時僕は留学していたのですが、夏休みに日本に戻ってきていたところ、留学先に戻る3日前に車の事故に遭ってしまいました。
友人が運転しており僕は助手席に乗っていたのですが、友人はむち打ち、僕は目の上をガラスで深く切り、且つむち打ちという状態。
こちらに非はなかったのですが、友人の車は廃車、僕は医者に「飛行機には乗れない」と言われてしまったのでした。
割合症状がひどく、1ヶ月は安静、といった状態でした。
一旦休学という形にしたため、半年ほど時間ができることに。
1ヶ月ほど療養しそろそろバイトでも、と思っていたところに、温泉でのアルバイトの話が叔父からあったのです。
「バイトができるし温泉療養にもなるだろう」
その温泉宿は叔父が学生の頃アルバイトをしていた場所で、僕も小さい頃から家族と訪れたりしたことのある所縁のある宿でした。
携帯電話の電波も入らない、自然に囲まれた宿の社宅に住み込みでのアルバイト。
鬼怒川温泉駅からバスで2時間近く、バスの終着地点から徒歩2時間ほどのところにその宿はあります。
自然を楽しんだ上で温泉を楽しんでもらいたい、という方針から送迎はしていませんでした。
バスの終着地点から当時の僕で1時間半ほどでしたが、年配のお客様は2時間半ほどかかったと言う方が大半だったと思います。
それだけに環境は素晴らしく、温泉の前には綺麗な川が流れ、木々は自由に育ち、鹿や猿などの動物も現れるような場所。
また、温泉はかけ流しで、風呂の通常シャワーの部分からもバシャバシャと温泉を流していましたし、厨房で皿を洗うのも流しっぱなしの温泉でおこなっていました。
宿には部屋は数部屋ほどでしたが、常に予約で埋まっている状態でした。
当時のスタッフは、オーナー・副オーナー・シェフに加えて、アルバイトが2〜3名。
アルバイトの仕事は、宿・部屋の清掃、布団の支度、料理の配膳、調理の手伝い、などなど、朝早くからバタバタと過ごしていました。
夕食に使う鮎が宿の裏の大きないけすに入っているので、その鮎を捕まえるのも僕の仕事。
冬が近づけば標高が高く雪が降るので、雪かきも仕事のひとつ。
なかなか経験できない仕事が多かったので日々楽しかったです。
そして、僕が主に任されていた仕事が、風呂場の掃除。
大好きだった風呂場掃除
その宿は男湯・女湯共に内湯と露天風呂があったので、掃除をするのはなかなかにハードな仕事。
デッキブラシでゴシゴシやったりするので、最初の頃は腕が筋肉痛になりました。
僕以外のアルバイトメンバーは女性だったので、必然的に、若くて男である僕に一任されるようになります。
僕はこの風呂掃除が好きでした。
その宿での仕事は朝がとても早く、その代わりに昼はお客様がいないので昼休みを長くとるスタイルでした。
僕は、朝一で温泉にはいり、昼に掃除後にもう一度はいり、夜にも仕事が終わり次第風呂にはいってました。
温泉が大好きなのです、僕。
掃除完了次第、僕は温泉にそのまま浸かることを許してもらっていたのです。
というのも、大きな風呂を4つ洗うので暖かい時期は汗だくになりますし、寒い時期は反対に露天風呂も掃除するので全身が冷えるんですね。
今考えると最高の一番風呂ですが。
アルバイトを始めてから1ヶ月ほど経った頃、いつものように風呂掃除をおこなっていた僕ですが、その頃には僕は全裸で掃除をするようになっていました。
全裸で、デッキブラシ。
作業着は作務衣だったのですが、掃除を終えるとビショビショになってしまうし、暖かい時期だったのもあります。
お客様をいれていない昼の時間なので、自由奔放に掃除をしていました。
時折視線を感じると遠くから猿が見ていたりしましたが、人ではないから問題なかろう、と。
その全裸で働く僕の前に、突然、謎のおばあさんが現れたのでした。
男湯でのおばあさんとの出会い
女湯の掃除を終え、いつものように全裸になって男湯の掃除をしているときでした。
その温泉は湯の華(白くフワフワした温泉成分)が多く出るため、しっかりと掃除しておかないと滑りやすくなるので、内湯の床を入念にデッキブラシでこすっておりました。
そのとき、ふと、脱衣所のほうを見ると、内湯と脱衣所の間の引き戸の窓から、僕を見ている人がいるではないですか。
おばあさん。
ニコニコした、おばあさんです。
と、おばあさんは背を向けると脱衣所の端のほうへ歩いていきます。
この時間はお客さんはいないはず。
そして、ここは男湯だ。
なにより、僕は全裸である。
どなたさんでしょうか。
おばあさんは背中に背負っていた大きな網かごを下ろしています。
70~80歳代なのかな、と思われる、少し腰の曲がったおばあさん。
「あ、あの、今まだ掃除中なんですよ」
引き戸を少し開けて顔だけ出して話しかけます。
当然、下半身は引き戸で隠すスタイルで。
すると、おばあさんはこちらに振り向き、こう言ったのです。
「◎△$♪×¥●&%#◎△$♪×¥●&%#〜!」
一言もわかりませんでした。
本当に、1単語もわかりませんでした。
わかったのは、多分日本語だろう、ってくらい。
「×¥●&%#◎△$♪×¥●〜〜?」
おばあさんはなおも続けます。
方言もそうなのですが、早口な上にダミ声なのもあるのか、もう本当にわからない。
何か聞いてきてるっぽい、疑問系っぽい、ってのしかわからない。
とにかくニコニコしてました。
おおおおお。
どうしよう。
オーナーを呼んできたいけど、僕の服は脱衣所の奥。
とかなんとか考えていると、おばあさんがおもむろに服を脱ぎ始めます。
しかも早い。
あっという間に全裸になられました。
おっと、僕のほうに向かってきます。
しっかりとした足取り。
おばあさんは前を隠したりいたしません。
引き戸越しに対面したおばあさんと僕。
二人とも全裸。なにこれ。
相変わらずニコニコしながら何か言っているのですが、本当になんて言っているのかわからないまま。
おばあさんは引き戸を大きく開けて、何も言えない僕の横を通り抜け、風呂場に入ってきたのでした。
僕は入れ替わりで脱衣所に入って服を着て、おばあさんの様子を伺います。
おばあさんは簡単に体を洗い…
掃除途中で空っぽの内湯の浴槽の中に入り…
栓をしました。
と、そのままではただおばあさんの裸を眺める男になってしまうことに気付き、急いでオーナーを呼びに行ったのでした。
「オーナー!風呂場に変なおばあさんが!」と。
方言がわからなくても響きは好き
「あ、山菜摘みのばあちゃんだ。ごめんごめん、言ってなかったなぁ。」
全裸のところに突然来たから驚いたと伝えると、オーナーは笑いながらあやまってきました。
山菜や料理の盛り付けに使う葉っぱを持ってきてくれるおばあさんとのことで、お礼に風呂には自由にいれてあげているとのことでした。
オーナーと一緒に男湯に戻ると、おばあさんは内湯に座ってお湯が溜まるのを待っているところでした。
オーナーがおばあさんに話しかけます。
普段とは違い方言を使うオーナーですが、言っていることはそれなりにわかりました。
しかし、相変わらずおばあさんの言っていることはわかりません。
「驚かせてごめんって言ってるわ。」
それすらわからなかったのか、僕。
オーナーもおばあさんも笑っていました。
そのあとオーナーに聞いてみたところ、「古い山の人間の方言だ。俺も半分くらいしかわからねぇ(笑)」と言っておりました。
当時は留学していた最中だったので、「〜〜って言ってるよ」というのは、母国語が違う人が集まったところでの会話ではよくあることでしたが、まさかそれを日本で体感するとは、と。
うちの妻は新潟出身で、
「はらくっちぇ」 → おなかいっぱい
「かっつぁくられた」 → ひっかかれた
とか言いますが、妻の地元で皆が方言で話していても全くわからないってことはありません。
後にも先にも、本当にまったくもってわからなかったのは、そのときだけです。
その後もおばあさんは時々現れては、風呂に浸かっていきました。
次に会ったときからは、おばあさんがはいってきても、気にせず僕も全裸のままで掃除を続けました。
結局おばあさんの話す方言は最後まで理解できませんでしたが、意味はわからなくても響きは好きだった記憶があります。
そういえば、おばあさんが風呂にはいってくるときに葉っぱをくれたことがありました。
緑が濃くて、形が綺麗な小さな木の葉。
何か言われながら手渡されましたが、何を言っているのか相変わらずわからない。
その葉っぱを僕に手渡すと、笑い出すおばあさん。
え、なに、わからない。
「これで前を隠せってこと?」
「お前にはこのサイズで十分だ、ってこと?」
なにを言っているのかわからないがとにかく笑っている全裸のおばあさん。
片手にデッキブラシ、片手に葉っぱを持った全裸の僕。
こういうのを裸の付き合いと言うのに違いない。
コメント
こんにちわ。
とってもおもしろかったです!
すごくいい体験されたんですね。
大げさな言い方かもしれませんが、生涯の思い出ですね。
ありがとうございます。
id:kame710 さん
ありがとうございます!
衝撃的でしたが良い思い出です。
なかなか、ああいう経験はできないと思うので、大切にしたいな、と思っております。